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東京地方裁判所 平成9年(ワ)449号 判決 1998年3月26日

原告

大森広子

被告

恩田雄一

主文

一  被告は、原告に対し、金一〇二万七二九三円及びこれに対する平成七年一二月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを一〇分し、その九を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告は、原告に対し、一六六八万八四五〇円及びこれに対する平成七年一二月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

一  本件は、夜間横断歩道を歩行中、加害車両と衝突する交通事故に遭い、負傷した原告が、被告に対し、不法行為に基づき、損害賠償を請求した事案である。

二  争いのない事実及び証拠により容易に認定できる事実(以下「争いのない事実等」という。)

1  本件交通事故の発生

原告は、次の交通事故(以下「本件事故」という。)に遭い、頭部打撲、顔面(下顎部)挫創、歯牙破折等の傷害を受けた。

事故の日時 平成七年一二月一日午後一〇時四〇分ころ

事故の場所 東京都豊島区東池袋一丁目二七番先路上(以下、同道路を「本件道路」という。)

加害車両 普通乗用自動車(練馬三三ほ二〇〇二)

右運転者 被告

被害者 原告(歩行者)

事故の態様 本件道路の横断歩道を進行中の原告と加害車両が衝突した。事故の詳細については、当事者間に争いがある。

2  責任原因

被告は、加害車両を所有し、これを自己のために運行の用に供していたものであるから、自賠法三条に基づき、原告に生じた損害を賠償すべき責任がある。

3  損害の填補

原告は、被告、自賠責保険等から合計四五万八六九五円の填補を受けた(甲九の1、2、弁論の全趣旨)。

三  本件の争点

本件の争点は、本件事故の態様と原告の損害額である。

1  本件事故の態様

(一) 被告の主張

被告は、本件道路を進行中、停止線の手前約二〇メートル地点において、対面する信号機の表示が赤色から青色に変わったのを確認し、交差点内に進入しようとしたところ、右方から横断歩道を走ってくる原告を発見し、急制動を掛けたが及ばず、本件事故が発生したものであり、原告は、歩行者用信号機の表示が青色点滅から赤色に変わったのにかかわらず、強引に横断歩道を渡ろうとした過失がある。

仮に、被告に過失があるとしても、原告にも右の重大な過失があるから、原告の損害額を算定するに当たっては、原告の過失を相当程度斟酌すべきである。

(二) 原告の認否及び反論

原告が歩行者用信号機の赤色表示を無視して進行したとする点は、否認する。

本件事故は、原告が歩行者用信号機の青色表示に従い、横断歩道を横断中、信号機の表示が青色点滅を始めたことから、小走りになったところ、加害車両が対面信号機の赤色表示を無視して進行してきたため、発生したものであり、被告の前方不注視、信号無視の過失によるものである。

2  原告の損害額

(一) 原告の主張

(1) 治療費 合計四三万六八四五円

豊島中央病院分 四二万九八六五円

杉田歯科医院分 六三四〇円

田中薬局(テーピング代) 六四〇円

(2) 入院雑費 七五〇〇円

(3) 通院交通費 一万四三九〇円

(4) 雑費(警察への交通費、シャンプー代、文書費) 八四一〇円

(5) 休業損害 一二万〇〇〇〇円

(6) 逸失利益 五五六万〇〇〇〇円

原告は、本件事故当時、訴外株式会社スインク・インターナショナルに勤務し、営業職として七〇〇万円の収入を得ていたところ、本件事故により下顎部挫創による縫合瘢痕が残存し、これは自賠法施行令二条別表後遺障害別等級表上の七級一二号「女子の外貌に著しい醜状を残すもの」に該当するから、労働能力喪失率を一〇パーセント、労働能力喪失期間を一〇年間として、新ホフマン方式により逸失利益の現価を算定すると、前記金額となる。

(7) 慰謝料 一〇七〇万〇〇〇〇円

(8) 弁護士費用 三〇万〇〇〇〇円

(二) 被告の認否及び反論

第三当裁判所の判断

一  本件事故の態様について

1  前記争いのない事実等に、甲一〇、一四、乙一、証人黒肥地猛、原告本人、被告本人、調査嘱託の結果、弁論の全趣旨を総合すれば、次の事実が認められる。

(一) 本件道路(通称東口改正通り)は、護国寺方面から六ツ又方面に向かう片側四車線(ここでは、駐車帯は含めないこととする。なお、対向車線は三車線であり、対向車線とは中央分離帯により明確に区分されている。)の直線道路であり、道路標示により第一、第二車線は直進車線、第三、第四車線は右折車線に指定されている。

本件道路の最高速度は、五〇キロメートル毎時に制限されており、夜間の照明は明るく、前後左右の見通しは、いずれも良好である。

本件事故現場直近の交差点(通称サンシャイン前交差点。以下「本件交差点」という。これに対し、護国寺方面から六ツ又方面に進行する際の、本件交差点の一つ手前の交差点を通称サンシャイン南交差点という。)の信号機は定周期式信号機であり、信号現示サイクルは、加害車両進行道路の信号機は、青色三四秒、黄色四秒、赤色六二秒であり、被害者の進行した歩行者用の信号機は、東池袋三丁目一番から東池袋四丁目二五番が赤色四〇秒、青色三四秒、青色点滅八秒、赤色一八秒であり、東池袋四丁目二五番から東池袋一丁目二七番が赤色六〇秒、青色二九秒、青色点滅八秒、赤色三秒である(一サイクル一〇〇秒)。

本件道路の路面は、アスファルトで舗装され平坦であり、本件事故当時、乾燥していた。

本件事故当時、本件道路の駐車帯には、駐車車両があり、車両が駐車帯を通行することはできなかった。

本件事故後、加害車両の車体前部左側に払拭痕が認められた。

(二) 原告は、本件事故当日、勤務先のあるサンシャインビルにおいて、当時の顧客の一人である黒肥地と会い、依頼されていた書類を渡した後、本件事故当時、黒肥地を池袋駅まで送るため、黒コートに黒靴の服装で、原告がやや先行して本件道路を横断歩行中、中央分離帯を過ぎた地点において、対面する歩行者用信号機の表示の青色点滅が始まったことから、赤色表示になるまでの間に横断歩道を渡りきれるものと思い、小走りに走り出したところ、左方の停車車両の陰から加害車両が進行して来たのに気づいたが、加害車両の前部が原告の左足に衝突し、原告は本件道路の路面に転倒した。

本件事故当時、本件道路の直進用の第二車線のほか、右折用の第三、第四車線上に車両が停車していた。

(三) 被告は、本件事故までに本件道路を一か月に一、二回程度通行したことがあったが、本件交差点の信号機の表示サイクルについては、特に知らなかった。

被告は、本件事故当時、加害車両の助手席に妻を同乗させ、帰宅のため、加害車両を運転し、サンシャイン南交差点を先頭車両で通過後、本件道路の第一車線を時速約三〇ないし四〇キロメートルで進行中、本件交差点に差し掛かり、右方から横断歩道を歩行中の黒肥地に気づき直ちにブレーキを掛けたが間に合わず、加害車両の右前部が黒肥地に、左前部が原告に、それぞれ衝突した。被告は、本件事故に至るまで原告に気づかなかった。

本件事故後、被告は、加害車両に原告と黒肥地を同乗させ、付近の交番まで同行し、その際、警察官に対し、本件事故状況の簡単な説明をしたが、本件事故当日の実況見分は実施されなかった。

本件事故当時、本件道路の加害車両の前後に、走行中の車両はなかった。

(四) 被告は、本件交差点の一つ手前のサンシャイン南交差点を対面信号機の青色表示に従い、先頭車両として発進後、本件交差点に差し掛かり、停止線の手前約二〇メートル地点において、対面する信号機の表示が赤色から青色に変わったのを確認して、本件交差点に進入したと主張し、被告本人尋問において、同旨の供述をしている。

しかし、原告が対面する歩行者用信号機の青色表示に従い、本件道路の横断を始めたことについては、原告と証人黒肥地の供述が一致しており、黒肥地は、本件事故により加害車両と衝突しているとはいえ、原告、被告とも明らかな利害関係はないというべきであり、その供述は無視しえない。

また、本件事故当時、本件道路の第二車線ないし第四車線に停車車両があったことについては関係当事者らの認識が一致していること、本件事故当時、本件道路を進行中の車両は加害車両だけであったこと(被告本人)、原告及び黒肥地が、反対車線を含めて七車線(さらに、中央分離帯も設置されている。)に及ぶ本件道路を歩行者用信号機が当初から青色点滅表示をしているのを認識しつつ、あえて横断を開始するとは容易に考えにくいこと等の事情があり、これらを総合すれば、本件事故当時、対面信号機の表示は、原告側青色点滅、被告側赤色であったものと推認され、右認定に反する被告供述は、採用できない(なお、調査嘱託の結果が右認定を左右するものではない。)。

2  右の事実を基礎にして、本件事故の態様について検討するに、本件事故は、横断歩道を進行中の歩行者と、直進四輪車との事故であるが、被告は、対面信号機の赤色表示に従わず、かつ、前方不注視(被告は本件事故に至るまで原告の存在に気づいておらず、この点に前方不注視の過失がある。)の過失により、本件事故を引き起こしたものであるから、この点に過失がある。

他方、原告としても、夜間目立ちにくい服装の上、対面する歩行者用信号機が青色点滅表示を始めたため、走り出した際、左方の安全を十分確認することなく、進行した点に若干の過失がある。

そして、原告、被告双方の過失を対比すると、公平の見地から原告の損害額から五パーセントを減額するのが相当である。

二  原告の損害額について

1  治療費 合計四三万六八四五円

豊島中央病院分 四二万九八六五円

甲四の1、2により認められる。

杉田歯科医院分 六三四〇円

甲五、弁論の全趣旨により認められる。

田中薬局(テーピング代) 六四〇円

弁論の全趣旨により認められる。

2  入院雑費 六五〇〇円

甲二の1、四の1、2によれば、原告は、豊島中央病院に五日間入院したことが認められ、入院雑費は、一日一三〇〇円と認めるのが相当であるから、五日間で前記金額となる。

3  通院交通費 一万四三九〇円

甲六の1、弁論の全趣旨により認められる。

4  雑費(文書費) 一二〇〇円

弁論の全趣旨により文書については認められるが、その余は支出の必要性及び相当性についての的確な証拠がない。

5  休業損害 認められない。

甲七の1によれば、原告は、本件事故当時、訴外株式会社スインク・インターナショナルの営業職として勤務していたものであるが、本件事故により同社を一一日間休業したが、その間、給与の支給を受けたことが認められ、他に休業損害が生じたことを認めるに足りる的確な証拠はない。

6  逸失利益 認められない。

甲二の1ないし3、三の1、2、一三、原告本人によれば、原告は、本件事故により、下顎部挫創、右上第三歯打撲による歯牙破折及び亀裂の傷害を負い、下顎部については、創の縫合を受け、長さ一・五センチメートルの瘢痕が残り、歯牙破折については、鋭縁部の削合を受けたことが認められる。

しかし、下顎部の瘢痕については、自賠法施行令二条別表後遺障害別等級表上の七級一二号(女子の外貌に著しい醜状を残すもの)に該当しないのはもとより、同等級表の一二級一四号(女子の外貌に醜状を残すもの)所定の要件にも該当しないから(女子の場合、顔面部については、七級一二号は、「鶏卵大面以上の瘢痕、五センチメートル以上の線状痕又は一〇円硬貨大以上の窪み」を、一二級一四号は、「一〇円銅貨大以上の瘢痕又は三センチメートル以上の線状痕」が要件とされる。)、原告の瘢痕は、同等級表の後遺障害には当たらない。また、歯牙破折部についても、自賠法上の歯牙の障害には該当せず、いずれにしても後遺障害には該当しない。

したがって、後遺障害の存在を前提とする逸失利益の主張は認められない。

7  慰謝料 一〇〇万〇〇〇〇円

原告の傷害の部位程度、通院期間、後遺障害逸失利益が認められなかったこと、その他本件に顕れた一切の事情を斟酌すれば、原告の慰謝料としては、一〇〇万円とするのが相当である。

8  小計 一四五万八九三五円

三  過失相殺

前記一2の記載に従い、原告の損害額から五パーセントを減額すると、その残額は、一三八万五九八八円となる。

四  損害填補

甲九の1、2、弁論の全趣旨によれば、原告が被告(被告支払分については、当事者間に争いがない。)、自賠責保険等から合計四五万八六九五円の填補を受けたことが認められるから、これを原告の損害額から控除すると、その残額は、九二万七二九三円となる。

五  弁護士費用

本件事案の内容、審理経過及び認容額その他諸般の事情を総合すれば、原告の本件訴訟追行に要した弁護士費用としては、一〇万円とするのが相当である。

六  認容額 一〇二万七二九三円

第四結語

以上によれば、原告の本件請求は、一〇二万七二九三円及びこれに対する不法行為の日である平成七年一二月一日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるが、その余の請求は理由がないから棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判官 河田泰常)

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